③-9 お父様の死が「摂理的な死」であったとするなら、摂理的外観(家庭連合、亨進様、顕進様の立つべき正当性)が一変することになる。
顕進様と亨進様の対立構造の中心にあるのが顕進様の「盗賊」問題です。
「盗賊」問題は説明がまだ不十分ですが《 「四本の矢」 》からしても、私は全く問題ないと思っています。その理由を後日、シリーズで取り上げることにします。
ところで、「ほふられた小羊」のブログの使命は、
顕進様と亨進様を指示される方達が逆理の対立関係に陥っていることは天の願ではないことを訴え、更に、ヨシュアとカレブが一体となったように、顕進様と亨進様が順理の御言葉によって摂理的使命を担うことがお父様の願いであることを明らかにすることです。
「聖霊と称するブログ」のように、(情緒的で摂理的なパラダイムが見えないばかりか、時系列を無視した根拠のない御言葉をパッチワークのようにくっつけて)一方の顕進様を貶め、同じ心で亨進様を立てることは明らかに御言葉の誤用であり兄弟たちをミスリードすると言わざるを得ません。その結果、顕進様と亨進様の分断を永続化させることになり、家庭連合の良しとするところです。
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今後はお父様の「摂理的な死」を明らかにすることが、最重要テーマになると思います。
「ほふられた小羊」は「殺された再臨のメシヤ」として黙示録第一章から登場します。
お父様の死がイエス様と重なる「摂理的な死」であるとするなら、「摂理的な死」の理由を明らかにすることにより、現在展開されている摂理的外観(家庭連合、亨進様、顕進様の立つべき根拠)が一変することになります。
今の私には、家庭連合、顕進様と亨進様の三者が次のように見えます。
・家庭連合はお父様の死は天寿を全うされたとして「摂理的な死」を見ようともしません。
・亨進様は「摂理的な死」を知っておられるのに「自然死」としています。
・顕進様は「摂理的な死」を知っておられるのに、語ることができないでいます。
顕進様と亨進様が共同して行う第一の仕事はお父様の「摂理的な死」を明らかにして今日の混乱を一日も早く収集することです。