家庭連合の狛犬ブログ = 「奇知外記」
(前回の《 記事 》のつづき)
律法学者のようなお方(tomy4509「奇知外記」さん)と、他に(リボンさん)からコメント頂きました。コメントのおかげで重要な観点が浮かび上がりましたので、少しお付き合いください。
前回の記事の御言葉が下記〔A〕です。
天聖経
罪と蕩減復帰 第一章 三 1.
〔A〕
(※1)蕩減復帰は、責任分担の自由化圏をつくるためのものです。堕落していない本然の責任分担の自由な環境を復帰するためのものです。理論的になっているのです。
先生も(※2)そこに引っ掛かっているのです。
ゆえに先生が世界的な反対を受けるのです。世界的な迫害を受けるのです。世界的に攻撃を受けるのです。その世界的迫害を受ける中で、
世界的にサタンを分立するのです。
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(※2)「そこに引っ掛かっている」
《 コメントの「リボン」さん 》によると、韓国語の原文では「そこに引っ掛かっている」が「その 鼻に引っ掛かっている」となっているとのこと。
そうであるなら、上記の御言葉は一層リアルになります。つまり、これは堕落の匂いが抜けきれない為、サタンの匂いが鼻についていることを言っていると考えられます。
(tomy4509「奇知外記」)さんは、上記の御言葉〔A〕につづく御言葉をコメントでとりあげています。それが下記〔B〕です。
〔B〕
責任分担を完成するためには、蕩減条件が必要です。(※3)先生がそのような蕩減条件を払ったので、皆さんは先生が歩んできた生涯の目的観を受け継いだ者として、愛の旗手として、堂々と国に現れれば愛国者になるのです。
(※4)家庭に入れば孝子、孝女になるのであり、夫婦の位置に立てば烈男、烈女になるのです。世界に向かっては聖人の道理を行くのであり、天の国の王宮の法に歩調を合わせる王子の位置まで行くことになるのです。無事に通過することのできるただ一つの道があるとすれば愛のために「ため」に生きようとすべてのものを捧げる生活です。これは驚くべき事実です。
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上記の御言葉〔A〕と〔B〕は言っていることが矛盾している
この矛盾の間に人間の責任分担が隠されている
つまり、この矛盾を原理で解かなければならないのです
「奇知外記」さん、貴殿はこれが分かっていないのです
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(tomy4509「奇知外記」)さんが指摘するように
文先生は(※3)「蕩減条件を払った」ことは確かです
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〔B〕で文先生は(※3)「先生がそのような蕩減条件を払った」と言われたように、蕩減を全うされたことには間違いないのです。
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しかし、洗礼ヨハネの使命を持たれたお方が問題になります
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問題は、文先生が蕩減を全うされたとしても、次に、《 お母様が洗礼ヨハネの使命 》を全うしなければならないという原理基準が残されていることを忘れてはなりません。
つまり、お父様が聖和されて間もなく、《 独生女宣言 》で「お父様には原罪があった」と語られたお母様が、もし、文先生を真のアダム(メシヤ)として認めて「メシヤを迎える為の基台」を造成していれば、文先生は堕落圏を抜け出せたのです。
しかし、それができませんでした。
イエス様もそうでした。
イエス様も洗礼ヨハネの失敗を蕩減してその使命を全うしたにもかかわらず、次の洗礼ヨハネ(新婦)が現れない為、イエス様はサタン圏を抜け出すことができず殺害されました。そして、三日間の戦いの末に復活の勝利をされて長成期新約時代を開かれたのです。
つまり、文先生もイエス様と同じ立場に立たれたのです。
お父様も《 キリスト教の失敗 》を《 40年サタン分立路程 》をもって蕩減を全うされたけれど、お父様から《 全権 》を与えられたお母様が洗礼ヨハネの使命を全うしない《 ① ➁ 》為、お父様はサタン圏を抜け出せないことを、(※2)「そこに引っ掛かっている」=「その 鼻に引っ掛かっている」=「サタンの匂いが鼻につく」と言っているのです。
つまり、文先生ご自身は蕩減を全うされた勝利基準に問題はないのですが、サタンの匂いのついた服を脱げずにいるということです。この匂いのついた服を脱がせて、真の夫、真の王の衣を着せてくれるのが、真の相対となるべきであったお母様であったのです。
原理によると、自分の価値を自分が決めることができません。あくまでも、メシヤの価値を認めるのは相対となるべきであったお母様だったのです。
しかしそれが、お母様がお父様に対して「主管性転倒」することによって、お父様は《 真の相対(お母様)を失い 》、その為に《 創造原理の基準をもってお父様自らを審判 》されて聖和されたのです。
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《 原理を学ばなかった 》お母様はそれができなかったのです
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お母様がお父様をメシヤとして認めることができなかったことを(※2)「そこに引っ掛かっている」=「その 鼻に引っ掛かっている」=「サタンの匂いが鼻につく」と言っているのです。
お母様がお父様をメシヤとして認める基準が何かと言いますと、お母様がお父様から与えられた《 全権 》をお父様に所有権転換して《 血統転換をすることだったのですが、できませんでした。そして、これが最終的に主管性転倒式 》となって、お父様の聖和になりました。
だから・・・・
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注意深く、御言葉をお読みください
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貴殿(奇知外記さん)が取り上げた〔B〕に、(※3)で「先生がそのような蕩減条件を払ったので・・・」と過去形で語り、(※4)で「家庭に入れば孝子、孝女になるのであり、夫婦の位置に立てば烈男、烈女になるのです。」とかたられたのは、これから「なる」ということです。
つまり、この「ので」という接続詞が「夫婦の位置に立てば烈男、烈女になるのです。」にかかっているのです。これから「なる」ということです。
(奇知外記さん)お分かりですか???
家庭連合の組織を守ろうとする囲いを捨てなさい。その囲いに囚われている限り、御言葉の本質が見えなくなります。
文字の奴隷ではなく、万民共通の文法に従い、神様の原理に従えば、「夫婦の位置に立てば烈男、烈女になるのです。」は「なった」ではなく、これから「なる」ことを語られているのです。
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御言葉は何処までも、原理的です。
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もし、御言葉に原理を適用して矛盾があるなら崩壊です。もしそならば、文先生から直ちに卒業することです。原理を骨として御言葉を肉付けしていくものです。
それから、貴殿のコメントに矛盾がありますので、次回も取り上げるかも知れません。