『再臨論』は意図的に間違いを犯しています。・・・ほふられた(=殺された)小羊 (=再臨主)が 「七つの封印」を解く
あらかじめ、今後の記事の流れの概要をお知らせします。
特に、赤い文字 の項目は最重要課題になります。
黙示録は 今までとは全く違った視点 に立って見た時、驚天動地、くっきりと見えてくるようになります。これは、このブログの重要なテーマになります。
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第一幕・・・【黙示録 第1章 ~ 第3章】
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①〔1:1~1:6〕・・天のミッションがヨハネに託される
②〔1:7〕・・・・・神様が地上に再臨主をおくることを約束
③〔1:8~3:21〕・・再臨主が聖和され((※)殺されて)、霊界からヨハネをとおして七つの教会にメッセージを託された。
(※)今後の記事で取り上げます。
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第二幕・・・【黙示録 第4章 ~ 第8章1節】
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①〔5:5〕 ほふられた(=殺された)小羊 (=再臨主)が、〔5:5〕 「七つの封印」を解く
《『再臨論』「第三節 イエスはどこに再臨されるか」(二)イエスは東の国に再臨される》では、「小羊」をイエス様として捉えて、イエス様が「七つの封印」を解いたと書かれてありますが、これは意図的に間違いを犯しています。
「七つの封印」を解くことができるのは、イエス様ではなく再臨主のはずです。
命の書と言える「原理講論」が初歩的な間違いを、それも意図的に犯した理由はどこにあるのでしょうか。
お父様は小羊について、次のように明確に語られています。
このブログでは、これも明らかにします。
②《『再臨論』「第三節 イエスはどこに再臨されるか」(二)イエスは東の国に再臨される》では、黙示録7章を《最後の封印が解かれる前の中間の「挿話」・・・》として扱われています。
しかし、これは「挿話」ではなく、黙示録のとおり、日出ずる国の日本にお父様が復活されることを意味していると言えるのです。
これを「挿話」としたのは間違いであり、間違いを知りながら、わざとそのままにされたと言えるのです。
このブログでは、これも明らかにします。
③《地の四方の風をひき止め》
④《日の出る方から上って来る》
⑤《十四万四千人》