少年でもできる・・神様にサタンを告訴する
天聖経 「罪と蕩減復帰」 第二章 三 2
「怨讐を愛さずしては天国に入れません。怨讐を愛さずしては天国に入れないと言いましたが、その内容を霊界で知ってみると、どんなにうらやましいかというのです。なぜそうかといえば、アダムとエバは堕落したとしても、神様の原理原則は変わりませんでした。
天国に入る原理原則はアダムの堕落前も後も変わりがないのです。それでは本来堕落しなかったアダムが完成していたならば、完成と同時に神様とアダムが合わさって……よく聞きなさい。天使長であるルーシェルを愛して天国に連れて入らなければならないのが原理原則だったというのです。そのような原理原則は残っているのです。サタンがそれをもって主張するのです。
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この世で犯罪を犯した者でも自分の罪の実状を知っている人がいないときには、どこに行っても堂々と罪を犯していない人のように振る舞うことができるのです。
しかし、とても小さい少年でもその人が罪を犯す現場を目撃したと指摘するときには、その犯罪者はそれに屈服するのです。ですからサタン悪魔を屈服させるには、サタン悪魔の正体を暴いて罪状を暴露し、天上と地上で追放運動をすればいいのです。
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神様は永遠の公法の主人公であられるので、神様の前にサタンを引っ張っていって讒訴しなければならないのです。サタンを告訴しなければなりません。サタンが弁護するのを見て、検事の立場で論告をして微動だにできないように締め付けておかなければなりません。
そうして堕落した天使長ではなく堕落していない天使長たちが「正しい! まさしくそうだ! 正しい」と言わなければなりません。」